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夕刊とっておき 「マダム・ワサビ」クールにサヨナラ

毎日新聞 2007年8月30日




 あちこちからコチョウランのにおい、大臣就任祝いの華やかさに包まれた衆議院議員会館にあって、大臣の椅子を明け渡した小池さんの部屋はいささか殺風景だった。「ゴメン、引越しのさなかで」。暑い!さすがクールビズの提唱者、省エネのためか、30度近くもある。それでも、あるじは化粧崩れひとつなくクールにすましておられる。まずはホットな問いから。マッカーサーよろしく、必ず帰ってくるって、いったい、どこへ?  「それは安全保障のフィールドよ。だって、政治の根幹だもの。役所(防衛省)に戻るとかだけじゃない。別に勝った、負けたでもなし。ポストはともかく、気持ちは常にそこなんだっていう意味で申し上げたんだけど」  
 でも、たしかマッカーサーには「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」なんて名セリフもありましたが?「私、老のチョイ手前なので」。笑顔ながらもムッとした。それにしても、現職の大臣が訪問先の外国で「辞める」とまで言い切ったのには驚いた。事務次官人事をめぐるゴタゴタに嫌気がさした?安倍晋三首相から三くだり半を突きつけられる前に先手を打った?  「それは事実に反してます。総理とはちゃんと意思疎通できてましたし」  
 首相補佐官時代に書いた「小池式コンセプトノート」(ビジネス社)にはクラウゼヴィッツの名著「戦争論」のこんなくだりが引用されている。<最上の防衛戦略は、自ら攻撃するだけの勇気を持つこと>。「ケース・バイ・ケースですよ。それしかやらなかったら、おバカさんです」。なら、どうして早々と辞任宣言などなさった?「だから、総理にどうやったら迷惑をかけないかをずっと考えていただけです。秋の臨時国会でテロ対策特別措置法の延長がスムーズにいくように。灼熱の太陽の下、給油活動をしている海上自衛隊員たちがインド洋で立ち往生しないようにね。いろいろと総合的に判断して、私が身を引くのがひとつの選択肢だとの結論に思い至ったわけ」  
 うーん、わかったようで、わからない。さらに突っ込もうとしたら、いいかげんにしてちょうだい!涼しげな目がそう言った。「みなさん防衛大臣の2カ月間をうんぬんされるけど、私はその前、首相補佐官としての9カ月をプラスした11カ月でとらえてるんです。こだわってきたのは情報、インテリジェンスの問題。そのための役所の人事案でもあった。平和を守るには戦車や戦闘機などハードの充実もありますが、むしろインテリジェンス。イージス艦の情報漏えいもそうですが、緊張感が欠如していますね。その責任をトップが取ることで、範を示したかった。陸海空の情報をバラバラでなく、統合して保全するようにシステムを改善する。その仕込みはやったつもりです」  
 インテリジェンスについて語りだしたら止まらない。人脈もあれば、勉強もしている。し烈な情報戦争のただ中にある中東での生活体験が、インテリジェンスに敏感な下地をつくったらしい。「防衛省の人は、えっと思ったでしょうね。情報、情報ってしつこく言うから。私の辞任で、ちょっとはぴりっとしてほしい。でなきゃ、意味ないもの」ふとテーブルに目を落とせば、真っ赤な携帯電話が。それでくだんの守屋武昌事務次官に退任せよとの内示を?「携帯では最低限のことしかしゃべりませんよ。あとは有線で。そのくらいは承知してます」  
 ところで。寡聞にして小池さんが「マダム・スシ」の愛称をお持ちだとは知らなかった。先ごろ渡米し、ライス国務長官と会談したあとの講演会で飛び出した。「私はライス長官を尊敬しており、彼女と同じ道を歩みたい。私を『マダム・スシ(ライス=コメ)』と呼んでもらえますか」と。なんだかおやじギャグっぽくありません?「そう?だじゃれはともかく、日本人はジョークに対する感覚が欠けている。スピーチの導入で、聴衆の心をつかむ工夫をするのは常識でしょ。私は、すしでもトロなんかじゃない。ワサビ。『マダム・ワサビ』かなあ」  
 そこは元テレビキャスターである。どんな変化球を投げてもスマートに打ち返してくる。攻めあぐねる。ならば、と隠し玉を。内閣改造前夜、某所であなたを見ましたよ、とドキリとさせた。「どこで?」桂銀淑(ケイウンスク)コンサートに行ったんですよ、とタネを明かした。小泉純一郎前首相も大のファンだから、ひょっとしたら会場で遭遇できるかもしれないと思って出かけたのだった。「アハハ、私とそっくりだもんね、彼女。キャスターの小宮悦子さんとで3姉妹。2人で写真を撮ったこともあるの」そう言って、桂銀淑さんとのツーショット写真を見せてくれた。  
 いつしかマダム・ワサビのつんつんした辛さも飛んで、まろやかに。思えば、防衛省に乗り込んでの55日、孤軍奮闘のユリコ劇場は、この国の男のふがいなさを照らしだしてもいた。女だからやれた?「私は失うものなんにもないから。リスクがとれる。マスコミは好き放題を言うけど、いいの。人の評価はどのみち、あとからついてくる。持ち上げられたり、落されたり、特に感じないです。私の欠点は即決することかな。あまり悩みすぎるとネガティブな発想しかわいてこない。大化けすることもあるし、ときに失敗もするけど……」。ほんの瞬間、本音がのぞいた気がした。  
 そもそもは芦屋のお嬢様である。そんな彼女が一念発起、アラビア語を身につけ、キャスターから政界に転身し、権力者に寄り添いながら、上昇気流にのってきた。政治家を志しつつも挫折した父の背中を見て育ったからに違いない。石原慎太郎東京都知事が若かりしころ「ボルテージの高いつむじ風のような人物」と評した父、勇二郎さんに聞いたことがある。「いい人がいても、男が恐れ入ってうまくいかんのですよ」。それが幸か不幸か、娘をここまでの政治家にした。「女子の本懐」とまで言ってのけたのだから。  
 これからは自民党の一兵卒として安倍政権を支えていく覚悟である。「ようやく大臣職を離れ、時間ができましたから、環境問題を含めた本を書きたい。その提言を衆院選へ向けた政策に取り込んでもらえれば。安倍さんには頑張ってほしい。ただし、民主党の後追いはいけません」。さては、初の女性首相を夢みている?「いえ、いえ、そんな、そんな」





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