「京都議定書」以降に向けて
Voice 6月号 2008年5月10日
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Voice 6月号 2008年5月10日
![]() 「自動車の世……。馬車は廃せられ 之に代ふるに自動車は廉価に購うことを得べく また軍用にも自転車及び自動車を以て馬に代ふることとなるべし。従て馬なるものは 僅かに好奇者によりて飼養せらるゝに至るべし」 これは二十世紀に入ったばかりの一九〇一年一月二日・三日に『報知新聞』が掲載した「二十世紀の予言」の一部である。ほかにはエアコンの発達や戦闘機の出現、ヤフオクにあたる電信売買など、ネット社会に関する記述もある。 一七六七年、イギリスでワットが蒸気機関を発明し、フランスの陸軍大尉キュニョーが蒸気自動車を、ドイツのダイムラーとベンツによるガソリン・エンジン自動車が出現するのは一八八六年である。アメリカでT型フォードが売り出されたのが一九〇八年だから、報知新聞の記者は豊かな想像力と好奇心だけで「二十世紀の予言」を仕上げたことになる。 その慧眼には畏れ入るしかない。 産業革命以降、大量生産・大量消費・大量廃棄をベースとする生活は便利さ、豊かさの享受を約束してくれた。一方で、石炭蒸気、ガソリン自動車などのイノベーションを繰り返しながら、化石燃料を燃やし続けた結果、地球温暖化を加速させていった。昨年、ノーベル平和賞を受賞したIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第四次評価報告書でも、「平均気温の上昇は、人為的な温室効果ガスの増加によるものである可能性がかなり高い」と指摘している。 地球温暖化対策は温室効果ガスの九割を占める石油や石炭に頼ることを改め、低炭素社会へ移行することにほかならない。気候変動枠組み条約(UNFCCC)が定める究極の目的である「大気中の温室効果ガス(GHG)濃度を、気候システムに対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準で安定化させること」を実現するには、先進国でGHG排出量を八割削減しなければならない計算となる。これは現在の生活のあり方をほぼ根底から変えることを意味する。 昨今の地球温暖化問題は、ひとえに人類の文明論であり、それを支える技術論、そして人間の生き方論である。さらには人口、エネルギー、食料と、地球を構成する基本的要素の再考が求められているのだ。 昨年、ハイリゲンダム・サミットで安部晋三総理(当時)は、日本の地球温暖化対策「クール・アース50」構想を提唱した。「世界全体の排出量を現状に比して二〇五〇年までに半減する」という長期目標である。議論の余地を残した提案ではあるが、「京都議定書」離脱組の米豪と、環境戦略での主導権を狙う欧州勢とのあいだで決裂寸前にあったサミットのまとめ役を安部総理が務めたかたちとなった。次の議長は自分だという思い、責任感が安倍総理の底力となったのだろう。 あれから年が変わり、総理も代わった。 今年七月、洞爺湖で開かれるG8主要国首脳会議の主要テーマは地球温暖化対策である。議長国を務める日本は、中国やインドの首脳も招いて、実効性ある温暖化対策に向けて世界をリードするという大切な役割を担っている。さらに、今年は地球温暖化対策の国際的取り組みである京都議定書の第一約束期間(二〇〇八〜一二年)が始まった記念すべき年であり、「京都」以降の道筋を描く重要な節目である。 低炭素化に逆行したガソリン税引き下げ サミット開催までわずか二ヵ月と迫りながらも、ねじれ国会と省庁の縦割りによる硬直した状態が続いている。『報知新聞』記者の想像力には程遠い現状というしかない。 二〇〇八年四月一日、地球温暖化対策の国際的取り組みである京都議定書が日本で本格的にスタートしたその日、皮肉にも、道路特定財源の暫定税率が失効し、ガソリン価格の引き下げが始まった。 日本は、京都議定書の第一約束期間のあいだに基準年である九〇年の温室効果ガスの総排出量より六%削減することを国際公約にした。実際には、経済の拡大などで六・四%増(〇六年速報値)を記録しており、現状のままでもハードルはきわめて高い。加えて、ガソリンや軽油にかかる暫定税率を廃止するわけで、気候変動税などの負荷をかけて社会を低炭素化しようとする世界の動きから考えても、日本は前進どころか、バックギアをかけるようなものである。 国立環境研究所の試算によると、ガソリンなどの暫定税率の上乗せ分の廃止で、当初の五年間では年間約八〇〇万トンが、長期のポテンシャルとして約二四〇〇万トンのCO2排出増となるという。九〇年比でいうと全体排出量の〇.六%から一・九%増にあたり、結果として、京都議定書の目標達成はさらに遠のくことになる。原油価格高騰によるガソリンや軽油価格の上昇を機に、低燃費車への買い替えを計画していた人が計画を先延ばししたり、ゴールデンウィークの里帰りで電車利用からマイカー移動に変更したりと、CO2排出量の抑制にブレーキが利かなくなることも考えられる。 国民生活やトラックなどの運輸業界を守ることより、地球温暖化を優先するのかと、安値のガソリンを歓迎する多くの人からはお叱りを受けるかもしれないが、石油資源に恵まれないわが国が、いつまでも不安定な中東情勢や国際金融の動きに翻弄されつづけないよう、化石燃料の使用を控える低炭素社会を構築することは、安全保障上も重要な課題だろう。 国際的な環境戦略を描くイギリスは、産油国でありながらも、低炭素社会実現のための国策として、ガソリン価格を一リットルで約二五〇円に設定している。税負担率は六六・一%に上る。ドイツは六三・九%、フランス六二・七%と、欧州各国はいずれも高負担だ。税負担は地球温暖化対策の強力な手段としての措置であることはいうまでもない。 日本の場合、暫定税率の失効前の税負担は、ガソリン一リットル当たりの価格一五三円のうち六一円で三九・九%だった。失効後は一リットル当たり約二五円下がって税負担は三五円。比率は二七・六%にすぎず、OECD(経済協力開発機構)加盟三〇カ国のうち下位から四番目の低水準となった。最下位は超自動車社会のアメリカだ。税負担率はわずか一三・一%、一リットルあたり一二円程度である。 問題の道路特定財源だが、エネルギー問題、地球温暖化対策と地方財政対策や将来の国づくりと、重要課題が微妙に絡み合っており、切り口次第で、現状の打開策への答えは変わる。 暫定税率の失効直前の三月二十七日、福田総理は総理官邸の記者会見室で赤いカーテンを背に、道路特定財源の廃止と来年度からの一般財源化を打ち出した。一般財源としての使途のあり方を与野党協議会で協議し、決定することも提案した。 一般財源化には、ガソリン税における受益者負担の思想が壊れると産業界からの反対が根強い。受益者負担とは、道路利用者は道路建設による受益が大きいのだから、利用に応じた整備費の負担をすべきとの考え方である。民主党が槍玉に挙げたマッサージチェアなどの購入が道路財源から拠出されているという指摘は、道路特定財源が道路整備そのものにつながっていないとの問題提起にほかならない。 「やりくり」ではない自由な発想を ところで、私は環境大臣時代には、低燃費、低公害のハイブリッド・ワンボックス車を利用してきた。その後の総理補佐官、防衛大臣の各役職でもつねにハイブリッド車を公用車として活用し、「隗より始めよ」を実行してきたものだ。マイカーはトヨタのハイブリッド車・プリウスを愛用しているが、来年には電気自動車に乗り換えようと考えている。 低燃費車をめぐる世界の自動車業界における熾烈な戦いが繰り広げられるなか、ハイブリッド車に続いて注目されているのが電気自動車だ。ハイブリッド技術で世界をリードするトヨタ、ホンダと違う道を選んだ自動車会社が電気自動車に挑戦しており、来年にも、実用の電気自動車が市販されるのだ。 三菱自動車の電気自動車「iMiEV」の場合、一回の充電で一六〇キロメートルの連続走行ができ、最高速度も一三〇キロが可能だという。私のように都内を走り回るには十分である。割安な夜間電力を使い、約八時間充電で“満タン”になり、燃料代はガソリン車よりも約九分の一で済む計算だ。昼間電力でも三分の一である。別売りの高速充電器を使えば、わずか三〇分で八割程度の充電が回復するという。出先でコーヒー一杯を楽しむあいだに充電OKとなる。電気自動車用に充電機能もついたコインパーキングも整備されつつある。 電気自動車はガソリンスタンドに立ち寄ることもなく、給油時に支払うガソリン税の負担も生じない。それでも道路を利用する受益者だ。電気自動車への新税が設けられないかぎり、道路財源問題に付きものの「受益者負担」原則は通用しなくなる。 何よりも、一般家庭のコンセントにプラグインして、一般電力を使うわけで、発電時を含めてもガソリン車のわずか三割しかCO2を排出しないという、まさに低炭素な乗り物なのだ。いうまでもなく、発電には石油・石炭などの化石燃料の他、原子力や水力が使われており、そのぶん、地球温暖化の原因とされる温室効果ガスを排出しない。まさに低炭素社会の実現に一歩も二歩も近づくことが可能になるのだ。 もちろん派生的な変化があちこにに生じる。ガソリンスタンドの存在そのものにも異変が起きるだろうし、ガソリンエンジン技術から、電気モーター技術への移行で開発技術者から修理工まで、位置づけも変わる。携帯電話やパソコンでも不具合が生じることもある電池の安定性や寿命の問題もあり、いきなりすべての自動車が電気自動車に入れ替わるとは思わない。それでも、馬車から蒸気、そしてガソリンへとイノベーションが続いてきた自動車の世界に新たなフェーズが訪れようとしている。世界各地のモーターショーでも注目を集めた電気自動車、そして水素自動車、燃料電池車と、技術革新は続く。技術の変遷はあっても、目指す方向は脱石油、低炭素である。 いま、求められているのは十年間で五九兆円という道路建設のやりくりではない。『報知新聞』の「予言」のような大胆で自由な発想で、どうやってこの石油にどっぷり漬かった生活から低炭素な生活へと切り替えるか、人口減少社会にあって、今後どのようなインフラ整備をしていくのかといった根本の議論である。これまでの延長戦で議論するのではなく、短期には京都議定書の目標達成を目指し、中・長期にはいかにして低炭素社会を築くのかを念頭に置きながら「あるべき姿」を論じることこそ、選良の集まりである国会の役目だろう。 すでに福田総理が道路特定財源の一般財源化という大胆な一歩を踏み出した。地方財政への影響にも配慮しつつ、野党とも話し合いながら、低炭素社会構築のための予算制度とすべきだ。民主党も昨年の参議院選でのマニフェストで、環境税導入を打ち出している。省庁の予算分捕り合戦にならないためにも、「クール・アース基金」のようなかたちで予算を確保するのも一案だろう。それには消費者をガソリンの買いだめに走らせるような政争の具とせずに、今こそ与野党が二十一世紀にふさわしい建設的な協議を行うべきだろう。 サミットで世界を牽引していくには、まず足元を固めねばならない。「さあ、低炭素社会づくりを目指そう」と各国に呼びかける議長国が、逆方向の国内政策をとっていては説得力に欠けるではないか。まず、わが国としての明確な長期的数値目標や世界の石油のピークアウト時期を設定する。積み上げ方式による排出取引制度などの技術論は事務方に任せ、国境調整などの大きな枠組みへの理論武装をしつつ、中国などの主要排出国を取り込む。京都議定書からアメリカが離脱していることと、今後の排出量取引の導入とは別問題なのだ。アメリカの政策転換は時間の問題にすぎない。また、国内の環境問題にも悩む中国は、温暖化対策にもまったく背を向けているわけではない。 地球温暖化問題は、ひとえに人類の文明論である。首脳会議ならば、二十一世紀の文明について、人口、エネルギー、食料など、基本的要素の再考を促すような大きな議論で臨むべきだろう。 資源エネルギー庁と環境省を統合せよ 先述したように、イギリスではガソリン価格を一リットル約二五〇円(うち、税金分は一五七円)と高く設定することで低炭素社会への転換を図っている。 ロンドン市は二〇〇三年、中心街に乗り入れる車両に一日五ポンドを課す混雑税を導入した。税収確保と渋滞解消による燃費改善の一石二鳥を狙ったものだ。リビングストン市長はほかにも白熱球を省エネ高効率のLED電球に無料交換する制度も実施している。 二〇〇一年に導入された気候変動税の税収は、社会保険料の引き下げや、省エネ投資への補助金として還流する税収中立的な設計になっている。雇用創出と、環境保全技術の発展を同時に成し遂げようと、イギリスの経団連にあたる英国産業連盟の会長マーシャル卿が音頭をとって英国財務省とともに設計した制度だ。税制とともに国内排出権取引制度を確立し、金融街シティの新たな金融商品として活性化させるという狙いも透けて見える。気候変動税と排出権取引制度のポリシ−・ミックスで国際的にもリードする戦略である。 さらには世界銀行の元チーフ・エコノミストのスターン博士が地球温暖化の世界経済への影響を試算し、世界に警鐘を鳴らすなど、政官財が一体となって世界を巻き込む作戦だ。 省庁の縦割りと足並みの揃わない産業界の調整でもたつく日本とは大違いだ。 日本は、多くの場合、国内の調整に時間がかかり、しかも、足して二で割るような結論しか生み出さない。国民体育大会でエネルギーを使い果たし、肝心のオリンピックにはヘトヘトの状態で臨むことになる。議論や交渉の流れによっては、その都度、本省に確認するあいだに、また新たな状況が現出し……。 とうもろこしやサトウキビからつくるバイオエタノールの世界的なブームにも、食料とエネルギーの境界線を明確にする国際ルールの確立が急がれる。ギリシャ神話のミダス王は触った物がすべてゴールドに変わるという能力を神から与えられた。手を触れれば、金に変わることで当初は喜んだミダス王だが、パンも、果物も、肉も、水も、すべてが金となり、食することができなくなるという悲劇である。 世界の人口増加、食料価格の高騰を考えると、持続可能な地球のためのルール作りは不可欠だ。アフリカ諸国の首脳を招いたTICAD(アフリカ開発会議)やG8サミットで福田総理から提唱すべき項目だろう。 最後に、地球温暖化対策はエネルギー対策とコインの裏表にある。国内業界はほとんど油井をもたない国ながら、川下部分であるエネルギー産業は石油、ガス、電力、LPガスから練炭まで極めて細分化されており、行政は省庁の縦割りで綱引きを続けている。ここは政治のリーダーシップにより、少資源国日本の安全保障を兼ねて資源エネルギー庁と環境省を統合し、総力戦で国内政策と国際戦略をまとめあげるくらいの発想の転換が必要だ。 「二十一世紀の予言」を実現するために。 毎日、衆議院の予算委員会委員として、朝9時から5時まで、審議に耳を傾けている。7時間、飛行機のシートに座っていれば、バンコクあたりには着いている計算だ。 ただし、シートは硬く、リクライニングもなければ、おしぼりもお茶のサービスもなし。あるのは氷水だけ。映画やニュースを見られるどころか、バルコニー部分に居並ぶカメラの被写体になるのが関の山だ。 時には大所高所から、この国の行方を論じる聞きごたえのある質問もあるが、野党の多くはガソリン税の暫定税率の取り扱いと道路行政を巡る質問がほとんどだ。 こうしてゆったりと時間が流れる国会に対し、技術の世界は日進月歩の歩みが続いている。例えば、携帯電話を充電するように、家庭のコンセントからプラグインするハイブリッド車やゴルフ場の電気自動車をさらに進化させた車、水素自動車に燃料電池車…。 この先、自動車がガソリンや軽油以外で走るようになれば、揮発油税、軽油引取税の税収そのものが揺らぐことになる。それこそ低炭素社会が到来するというものだ。 石油など二酸化炭素を排出する化石燃料に頼るこれまでのライフスタイルを変えようというのが、地球温暖化対策の基本。エネルギー価格高騰対策などを行いつつ、次の低炭素社会作りを目指すイノベーションで経済の活性化を目指す。日本には今年の洞爺湖でのサミット議長国としての覚悟と具体的な対策が求められている。 ところで、サミットの会場は洞爺湖湖畔の高級ホテル「ザ・ウィンザーホテル洞爺」。素晴らしい自然環境に加え、安全対策上に優れていること、各国首脳を迎えるにふさわしいサービスなどが評価されたようだ。 それでも、せっかくサミット会場として世界に名を轟かすことになるならば、よその国のお城の名前を借りてくるよりも、もっと日本的な名前だったらなあと思うのは私だけか。 民間企業が所有するホテルだから、国があれこれ言うのもなんだが、これから公募しても十分間に合う。むしろ名前を変更すること自体がニュースとなるし、サミットが始まれば、新名称は世界中から詰め掛ける世界のメディアがあっという間に伝える。私なら、「もったいないホテル・洞爺」として、「もったいない」の意味と精神を世界中にPRするけれど…。 ■Voice 6月号 |
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