100人に訊く私が最も重視/期待する化学物質対策
日本からグローバル・スタンダードを
エコケミストリー研究会 『化学物質と環境』100号記念号 2010年3月
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日本からグローバル・スタンダードを
エコケミストリー研究会 『化学物質と環境』100号記念号 2010年3月
| つい先ごろまでグローバリズムとセットで「国際標準 グローバル・スタンダード」なる言葉が流行った。リーマン・ショック以来の各分野での見直しのせいか、これまでよりも目にすることが少なくなったが、国際標準の考え方は、もはやビジネスの世界では当たり前すぎるせいかもしれない。 世界の経済・金融が相互に連関し合い、モノづくりの現場が世界規模に拡大し合っている今日、化学物質対策はまさかに国際標準の世界である。 水は低きに流れ、カネは金利の高きに流れるとされるが、環境規制は「厳しき」に合わせねばならない。2001年、ソニーの家庭用ゲーム機「プレイステーション」シリーズで、中国製コードから基準を超すカドミウムが検出され、出荷停止に追い込まれた。実際の物質はマレーシアで製造されていた部品からという説もある。まさに現代のモノづくりの実情を象徴する出来事であった。 2006年、世界に先駆けるかたちで、欧州でREACH(化学物質の登録、評価、認可及び制限に関する規則)が成立した。範囲を広げた新たな登録制度や、厳格なリスク評価を盛り込んだ新しい規制に、わが国はどう対応すべきか。当時、環境大臣であった私は環境省の職員、専門家らと討議を重ねた。 欧州のルールが世界標準だと認識し、受動的に日本が甘んじるかたちでよいのか。むしろ、日本の基準を設け、それをグローバル・スタンダードとすべきではないか。亀の子などの化学分野を苦手とする私は、技術論を専門家にまかせ、国際政治の観点から日本の対応に取り組む決意をした。環境立国を目指すモノづくり日本としては、そんな心構えが必要であるという理念的なアプローチである。 欧州ルールを研究するうち、日本企業や産業の構造問題に直面した。欧州よりも厳しいルールを軽やかに乗り越えられる技術力を有する日本の大企業は多い。しかし、実際の製造現場を下支えする町工場など、すべての企業が安全基準をクリアするのはハードルが高いという。日本全体で新ルールを設定するとなると、町工場などの零細企業の負担が過大となり、必要なコストと時間を誰が担保するのかという現実的な話が出てくる。 結果として、「自主規制」といった日本的な形でお茶を濁すことになるのである。 しかし、大企業であれ、零細企業であれ、国際標準に適したモノ作りをしなければ、自らのビジネスチャンスを失うだけである。ならば世界に先駆けた国際標準を設定することで、様々な分野でのチャンスを確保したほうがよいと考えるのは私だけではないだろう。 そこで、化学物資の内分泌かく乱作用の分野で世界をリードできないか試みた。そこでExTENDという総合的な調査・研究の仕組みを作ることにした。現在進行形であるが、この調査をもとに、国際ルール作りにわが国が貢献できれば幸いと考えている。 西暦2000年を迎える際、「ミレニアム」という言葉をよく目にした。キリスト教の千年紀の意味である。 英語では「十年」をディケード、「千年」をミレニアムと、数字を使わない表現がある。日本の時間的概念といえば、昭和や平成などの元号だろうが、予測不可な単位である。 十年、千年を単位としてとらえる英語圏は予測、予定が立つ。このあたりの文明的な違いが戦略的思考の有無の差につながるのかもしれない。そもそも西暦そのものがきわめて文明的、すなわちキリスト教的なものである。ちなみにヒジュラ暦のイスラム諸国でも日常生活は西暦をベースにしている。西暦こそ最大最強のグローバル・スタンダードである。 真珠を測る国際的単位は日本語のモンメだと聞く。日本が化学物質の安全性を高め、個人の健康や環境全体を守るリード役となる意志を明確に持つことが何よりも大切だろう。 |
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